2011年 08月 15日

準備

二十歳前後のころときどきではありますが浅草に当時あった「浪花屋」という串カツ屋に行っていました。
場所は国際通りを言問通り方面へ歩いてフランス座の次の路地を右に折れ、
そのあとすぐに左に曲がった先の左側にありました。

当時いつも行くのは決まって日付の変わったころ(一時半過ぎ)でした。
その頃の私はアルコールにはあまり馴染みがなく、というよりはとても弱かったのでしたが、
誘ってくれる人のまねでいつもレモンハイを注文していました。

その頃の私は仕事以外は何をするでもなくだらだらと過ごしていて、
人には負けないと自慢できる知識または特技が何一つあるわけではありませんでした。
人づきあいもほとんどなく連絡を取るとしたら関東圏にいる身内だけ。

今思えば当時(70年代終わりころ)は上野駅に近い場所柄なので東北地方から仕事を探して上京してくる若者はたくさんいたのでしょう。
たまにしかいかなかったけれども、
店にいくといつも優しい顔をしてむかえてくれるお父さんとお母さんの顔は、
今思い出してもその時の笑顔のままです。
あのころで60歳前後でしたでしょうか。
そうするといまは80歳半ばになるのでしょうか。

いまではその店も姿を消してしまい店主の名前もわからない今情報は皆無という状況ですが、
誰に聞いたかは忘れましたが店を閉めた後は故郷の大阪に戻られたと記憶しております。

あれから25年以上、そうか四半世紀になるのですね。

ここ最近になってうしろを振り返ることが度々あり、
過ごした年月を数えては自分の生き方について反省したり後悔したり。

以前に比べれば先人に学ぶことが多々あり、
自分がいかに何もしてこなかったかを知り非常に後悔しています。

そんな私なのでいつも子供に教えられることばかりです。


さて、明日は大事なお客様が我が家へいらっしゃいます。
そこで家を見渡したらあちこちにやらなければならないことだらけ。

先ずはフローリングのワックスがけ。
数週間前にわが奥さんがワックスを塗ってくれたのですが、
ダイニングテーブルの下は手つかずのままでしたので今日はそこから着手です。
d0192112_1911796.jpg

d0192112_18591735.jpg


上が塗る前で下がそのあとです。

d0192112_192829.jpg


その間奥さんはサッシ磨きと網戸の汚れ落としです。

自主的にはじめてましたが、
「あしたお客さんが来るんでしょ」とちゃんと憶えていてくれてました。

まあ、なんともありがたいことで・・・

部屋はこれで良しとして音は?

窓を全開にしてもちろん部屋の室温も高い状態でベートーベンの交響曲第7番を聴いていたのですが、
これがまたとても不安になってしまうような音でした。

そのほかにもCDは聴きましたが、同時にある方の過去のブログを読んでさらに不安は高まっていきました。

今の私のシステムから出てくる音はどうなのか?

多分、いや、きっと、自分の耳で調整した音ではなくあくまでも機器に頼った音なので、
多分ビギナーの域を脱していない程度の評価かと・・・

気持ちを切り替えて他人の音を聴くつもりで自分の音を聴いてみたのですが、
決してそこにアーティストはいないのです。

自分の目指す音、出したい音は、
あくまでもその音源(ソフト)に入っている音をすべて出来る限り音として確認できるレベルで出すことです。
その域までは間違いなく程遠い位置にいる自覚があるわたくしとしましては・・・
明日何を聴いていただこうかとても不安です。

いや待てよ、相手は何も期待をしてこちらに来るとは限りません。
というか逆にきっと大体の予測が出来ている上でわざわざ拙宅にいらっしゃるのだと思います。

それならこちらも気が楽(?)になります。
とても恥ずかしいですがすべてをさらけ出す気持ちで行きたいと思います。

明日がとても楽しみです。


でも、
今晩寝ることができるでしょうか・・・

by pat_mthny7205 | 2011-08-15 19:35 | iroiro | Comments(0)


<< 転機?      ヨコハマといえば・・・ >>