2011年 09月 11日

感覚について

この夏に車のエアコンのドレンホースが詰まったことがありましたが、
それを機に雨が降っていなければ走行中は窓を開けていることが多くなりました。
今朝もそのような状態で自宅から横浜の戸塚区へ向けて走っていたところ、
阿久和の交差点を越えたあたりからなにやら懐かしいにおいがしてきました。

どんなにおいかというと山のにおいとでもいいますか。
土と草と水の混ざり合ったものです。
これに焚き火で出た煙が加わるともう気分は一気に5歳くらいにもどります。

父方の祖父母の家に遊びに行くとそこは山の中腹にあり、
夏は畑から自分でもいできたトマトを、秋はすももを木から採ってもらっておやつとしてたべていたようなそんな環境でした。
においについての記憶はその場所で自分の中にインプットされたものです。

このような幼い頃の体験があったおかげで私はにおいで懐かしい記憶がよみがえらせることが出来ます。

ところで人間の感覚には五感がありますが、むかしを思い出すきっかけとして何がいちばん優れているのでしょうか。
それともやはり人によりそれぞれ生きてきた過程が違うことから限定することに無理があるのでしょうか。

頻度は低いのですが郷里へ帰ったときに思うのは、
少しずつではありますが町が変化しているため懐かしさが感じられなくなってきているということです。
また、変化といっても新しくなる方向だけではなくさびれていく方向もあります。

利用価値がなく数十年もそのままの状態で放置されている建造物などを見ると、
時間が止まっているだけではなく、
「時間がもどっている」とさえ思えるほどとてもさみしい気持ちになります。

新しいものと古くからのものを分けて町をみることが最近では難しくなっているこのごろですが、
視覚からはすべての記憶を自分の中によみがえらせる事も大変難しいと思います。

さて、聴覚です。
NHKのラジオに「音の風景」なる5分間だけの短い番組があります。
これはとても楽しい気分にしてもらえる番組です。

町の魚市場の音や船で島に届けられた荷物の宛名を読み上げる放送、
はたまた子供たちの遊んでいる風景の音などなど。
これは経験がない音の場合、聞いて懐かしさを感じることはないとは思いますが、
それでも楽しさは十分伝わってきます。
そうそう、私にとっていちばん重要な音楽を聞いた場合はというと、
これも見事にそれを聞いていた当時に私を連れて行ってくれます。

でも、懐かしさのうえではやはり嗅覚が優れているように思うのは、
自分の場合祖父母の家へ遊びに行っていたその頃が自分にとっていちばん幸せだったからなのでしょうか。

時間ってどうしてプラス方向への一方通行なんでしょうかね。

by pat_mthny7205 | 2011-09-11 11:54 | iroiro | Comments(2)
Commented by TANNOY-GRF at 2011-09-11 21:03
匂いでは、私も同じような記憶があります。私の母方の実家も山の中腹にあり、煮炊きはかまどでした。松の枝を燃やすと、煙がくすぶります。部屋中、燻蒸のような匂いの中での、お味噌汁を思い出しました。50年ぐらい前の遠い記憶です。

時は、いつも一方通行。その中にかけがいのない思い出が出来ていきます。子供の時に祖父母と過ごした思い出は、いつになっても残っていきます。お子さんにもその様な時間を過ごさせて上げたいですね。

今日の雲のように、二度と帰らない日々が本当は、通常の毎日なのです。
Commented by pat_mthny7205 at 2011-09-12 08:02
GRFさん
いただいたコメントの内容を何度も何度も繰り返して読ませていただきました。とてもうれしく、同時にさみしい気持ちになります。最近歳のせいか涙腺がゆるくなってどうしようもありません。


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